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5.沈黙
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宿屋の、最奥に位置する小さな個室。暖炉の爆ぜるぱちぱちとした音だけが微かに響き、部屋の中は静寂が支配していた。
寝台には、昏昏と眠り続ける男。傍らには、寄り添うように揺り椅子に腰掛ける小さな少女――ジェイドとアニスだ。

もう、何時間も今の状態が続いている。――といっても、ジェイドの容態が今のようにずっと穏やかだったわけではない。毒の影響なのか、はたまた別の何かなのかはわからないが、一定の感覚でジェイドの容態は良くなっては悪くなるという変動を繰り返していた。



医師が去ったのち、最初の波がきた時。アニスはひどく慌てた。命に別条はないだなんて、ひどい大嘘だ。きっとヤブ医者だったに違いないと、心の中で医師を詰った。
それ程まで、ジェイドの容態は酷かった。 突然彼の呼吸は荒くなり、額には脂汗が滲み始め、その額は燃えるように熱かった。…にも関わらず火照るはずの身体は極端に冷たく、普段から色白なその肌はいつになく青白い。

出来る限りの処置をしているうち、ふいにアニスは昨夜の夢の事を思い出した。心に不安が押し迫る。あれは正夢だったのではないか。彼が本当にいなくなるのではないか。ここで必死に彼の目覚めを待っている自分に気づくことなく、行ってしまうのではないか。

アニスは、このまま彼の身体がどんどん冷たくなっていくような感覚に襲われ、彼を繋ぎとめるようにその手を握った。彼を失うだなんてそんな事、してたまるものか。アニスは、ただ祈った。


やがて、看病の甲斐あってかジェイドから苦痛の表情が消え、アニスは安堵した。…が、それもつかの間。数十分で再び容態は悪化した。
そんな状況を繰り返し、現在に至る。



「…たいさ」

アニスは呟くように、愛する彼を呼んだ。確かに彼はアニスの前にいるのに、いつもの甘やかな低い声はやはり返って来なかった。
その沈黙はアニスに大きい不安を与える。



やだ、やだ。
饒舌な大佐が黙ってるなんてありえないよ。返事してくれなきゃ、気丈なアニスちゃんだって不安になるのに、大佐は私を過剰評価しすぎだよ…!
貴方の厭味を、聞かせて?いつもみたいに、大好きですよって私の名を呼んでよ…!

お願い大佐…



「…大佐」

アニスの瞳から、こらえきれなくなった雫が一筋こぼれる。どんなに大人びていたとしても、彼女はまだ13歳でしかないのだ。彼女にこの重圧は、重すぎる。
しかしアニスはそれを自らの腕でぐっと拭うと、立ち上がった。ずっとこうしているわけにもいかない。自分が倒れるわけにはいかないのだから、食事をとらなければならない。自分の夕食の皿を部屋に持ち込むために、アニスは部屋を後にした。



「……ア、ニス…」

アニスは知らない。
その直後に、彼が彼女の名を呼んだ事を―――そして、これを最後にしばらく彼がその名を口にする事のない事も。
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