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7.喪失
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空気が、一瞬止まった。


しかし、すぐに何事もなかったかのようにガイがははっと笑う。

「旦那、冗談キツイぞ。いくら俺達が昨日旦那についてなかったからって、おちょくらないでくれよ。」


「…冗談?何がですか?」

微かな期待をこめたガイのフォローは、無残にも打ち砕かれる。ガイが、眉を潜めた。その脇で、ティアが叫ぶ。


「大佐!一体どうなさったんですか!」

「どうと言われましてもねぇ…。というか、貴方がたは人違いをしてはいませんか?先程からずっと気になっていたんですが」

表情を変える事なく淡々と語るジェイドに、全員の視線が集まる。彼はそれを一瞥すると、一度言葉を切ってもう一度口を開いた。


「…私は、大佐ではありませんよ。あいにく、先日の人事で少佐に昇進したばかりですから」

「な…っ!?」


どういう事だとルークが叫ぼうとした瞬間、どこからか聞き慣れた笑い声がした。このタイミングで現れるとは、相変わらず空気が読めていない。…そう、アイツだ…。


「はーっはっはっはっ!薔薇のディスト、美しく参上!」

高らかな笑い声と共に現れたのは、言わずもがな―――例の死神である。その場にいる全員――ジェイド以外――がこんな時にとため息をついた。だが、次の瞬間、奴はとんでもない事を口にした。

「迎えに来て差し上げましたよ、ジェイド。昨日約束した通りです」

「…サフィール、ですか。約束などをした覚えはありませんがね。しかし、助かりますよ」

「「「!」」」


このやりとりに、一同驚きを隠せない。記憶がないらしいジェイドが、どうしてディストの事を知っているのか。そんな彼等の心を読んだかのように、ディストがふふふと笑って言った。

「驚いたでしょう。ふ、存分に混乱するがいい!愚かな虫けらどもよ」

「…くそっ!一体どういう事なんだよ!ディスト、ふざけんじゃねえっ!」

ルークが、憤りをあらわにする。しかし、そんな姿をディストはさらにせせら笑った。そうして、ぱっとジェイドに耳打ちする。
実際には“これから言う事は彼等を納得させるための戯事ですから絶対に信じてはいけませんよ”と言ったのだけれど、ルーク達にそれが聞こえたはずもない。もっとも、これからディストが言う事は真実以外のなにものでもないのだけれど。


「ジェイドは貴方たちの事など知りませんよ。今のジェイドには20歳までの記憶しかありませんからねえ」

「な…っ!まさかお前、昨日のあの針で…!」

「今頃気づいたのですか。これだから馬鹿は嫌ですよ」


皆が皆、驚きを隠せない。まさかあの鼻垂れディストがここまでの事をやってくるなどと想像もしなかった。やはり、腐っても天才科学者なのだ。侮ってはいけなかった。しかし、もう遅い。我らが指導者は、彼に捕まってしまった。今彼が我を取り戻したなら、きっと不覚でしたと頭を抱えて秘奥義を発動したに違いないが、そんな事は望めまい。むしろ、こちらが秘奥義をくらいそうだ。


「…さて、おしゃべりはここまでです。そろそろ戻りますよ、ジェイド。」

「…ふむ。まだよく状況が掴めませんが、後で貴方を問いただせば済むのでしょうね、サフィール」


ええと答えた“サフィール”を横目に、ジェイドはひらりと跳び上がってサフィールの乗る空飛ぶ椅子に片腕でもってぶら下がった。そのまま、椅子が動き出す。それを見て、今まで呆然としていたアニスが立ち上がった。

「い、嫌!行かないで大佐!」

そのアニスの言葉を無視して、ディストがルーク達に向かって言う。

「確かにジェイドは返してもらいましたよ。それでは、失礼。はーっはっはっはっ!」


椅子が、急上昇する。彼等の姿が、ひどく遠くなった。


「…たい、さ…大佐ぁっ!嫌だよ!行かないで…行かないで…!」



アニスの悲痛な叫びにも、ジェイドは振り向かない。全く気にかける事なく、飛び去っていく。





「…い、やぁ―――――…っ!」





彼女の悲鳴だけが、虚空に響いて谺した。
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