1/1ページ目 「アニス」 返事はない。 「アニス」 ジェイドは、ふぅ、と息をついて、アニスに歩み寄った。 ケセドニアにて、シンクが導師の声色を使ってアニスの心を痛めつけたのは、昼間の事だった。 その時はなんでもないように振る舞っていたアニスを、ジェイドは遠くから見ていた。 大人になる事を強要されてきたアニスは、もう子供には戻れない。どんなに傷付いたとしても、仲間の前では泣けない。大人なアニスのプライドが、泣く事を許さないのだ。 ジェイドはそれを知っていて、その上で見守っていた。おそらくひとりになって、ようやく泣き出すだろう事も見抜いて。 そして深夜になって、部屋を抜けだしたアニスを追いかけ、今に至る。 「アニス。泣いているのですか?」 ロビーのソファに、ジェイドに背を向けて座るアニスに、意味のない問い掛けをした。泣いているからといって、どうしてやったらよいのか、ジェイドはわからないのに。返事をさせるための問い掛けを。 「やだなぁ。アニスちゃんが泣いてるわけ、ないじゃないですかあ」 限りなく棒読みな返事が返ってきた。 「…なぜです?」 「…なぜって。涙は哀しくなるか嬉しくなるかしなくちゃ、流れないですよぅ」 アニスちゃんは別に、何も思ってませんから。と、小さく呟かれた。 「あなたは嘘つきですね」 「……。」 「何も感じてない人は、そんなふうにうなだれたり、しませんよ」 「…そう、ですよね」 「…なら、」 「あたしには、泣く権利なんて!…ない、から」 だから…と言いかけたアニスの唇に、ふ、と人差し指をだす。 ジェイドは、いつもの皮肉な笑みを口に浮かべて、軽く言った。 「それでしたら、私のために泣いて戴けませんか?」 「…はい?」 「いやぁ、実は最近、小さい子に興味がありまして。泣き顔ってそそられるのですよ?」 くすっと笑ったアニスの声がした。 「やっぱり大佐、変態だったんですね〜。でも、嫌ですよう。泣き顔、は…見られたくないもの、ですから☆」 アニスは、明るい声をだしてみせた。声は、震えているが。 ジェイドは、言葉を続けた。彼は、知っているのだ。アニスは今、泣かなくてはならないのだという事を。でなければ、この小さな身体の少女は、壊れてしまう。大人の精神を持つには、まだ彼女の身体はあまりにも幼い。 「でしたら、泣き声だけでも。今なら、ただで胸をお貸ししますよ。いかがです?お得でしょう?」 「…ほんと、です、ね…」 ぽす、と暖かいものがジェイドに体当たりしてきた。 「…っ…ひっ、く」 声を押し殺して泣く少女の頭をポンポンと撫で、耳元で小さく囁く。 「我慢する必要はありませんよ?私が泣いて下さいとお願いしたのですからね」 「…っ…う、わああ…!」 気の済むまで泣いたアニスは、ジェイドの軍服の裾を握ったまま小さく呟いた。 「…ありがとうございます、大佐…」 「いえいえ。私が望んでしたことですから。」 ジェイドは、満足そうに 微笑んだ。 彼女を自分の二の舞にはするものか、と密かな思いをもって。 二つの影は、手を繋いだまま、部屋のある方へ戻っていった。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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