short
いかがです?(JA)
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◆いかがです?



「アニス」

返事はない。

「アニス」

ジェイドは、ふぅ、と息をついて、アニスに歩み寄った。


ケセドニアにて、シンクが導師の声色を使ってアニスの心を痛めつけたのは、昼間の事だった。

その時はなんでもないように振る舞っていたアニスを、ジェイドは遠くから見ていた。
大人になる事を強要されてきたアニスは、もう子供には戻れない。どんなに傷付いたとしても、仲間の前では泣けない。大人なアニスのプライドが、泣く事を許さないのだ。
ジェイドはそれを知っていて、その上で見守っていた。おそらくひとりになって、ようやく泣き出すだろう事も見抜いて。

そして深夜になって、部屋を抜けだしたアニスを追いかけ、今に至る。


「アニス。泣いているのですか?」

ロビーのソファに、ジェイドに背を向けて座るアニスに、意味のない問い掛けをした。泣いているからといって、どうしてやったらよいのか、ジェイドはわからないのに。返事をさせるための問い掛けを。


「やだなぁ。アニスちゃんが泣いてるわけ、ないじゃないですかあ」

限りなく棒読みな返事が返ってきた。

「…なぜです?」

「…なぜって。涙は哀しくなるか嬉しくなるかしなくちゃ、流れないですよぅ」

アニスちゃんは別に、何も思ってませんから。と、小さく呟かれた。


「あなたは嘘つきですね」

「……。」

「何も感じてない人は、そんなふうにうなだれたり、しませんよ」

「…そう、ですよね」


「…なら、」

「あたしには、泣く権利なんて!…ない、から」

だから…と言いかけたアニスの唇に、ふ、と人差し指をだす。


ジェイドは、いつもの皮肉な笑みを口に浮かべて、軽く言った。
「それでしたら、私のために泣いて戴けませんか?」


「…はい?」

「いやぁ、実は最近、小さい子に興味がありまして。泣き顔ってそそられるのですよ?」



くすっと笑ったアニスの声がした。

「やっぱり大佐、変態だったんですね〜。でも、嫌ですよう。泣き顔、は…見られたくないもの、ですから☆」

アニスは、明るい声をだしてみせた。声は、震えているが。
ジェイドは、言葉を続けた。彼は、知っているのだ。アニスは今、泣かなくてはならないのだという事を。でなければ、この小さな身体の少女は、壊れてしまう。大人の精神を持つには、まだ彼女の身体はあまりにも幼い。

「でしたら、泣き声だけでも。今なら、ただで胸をお貸ししますよ。いかがです?お得でしょう?」

「…ほんと、です、ね…」

ぽす、と暖かいものがジェイドに体当たりしてきた。


「…っ…ひっ、く」


声を押し殺して泣く少女の頭をポンポンと撫で、耳元で小さく囁く。

「我慢する必要はありませんよ?私が泣いて下さいとお願いしたのですからね」



「…っ…う、わああ…!」









気の済むまで泣いたアニスは、ジェイドの軍服の裾を握ったまま小さく呟いた。


「…ありがとうございます、大佐…」



「いえいえ。私が望んでしたことですから。」


ジェイドは、満足そうに
微笑んだ。
彼女を自分の二の舞にはするものか、と密かな思いをもって。


二つの影は、手を繋いだまま、部屋のある方へ戻っていった。
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