1/1ページ目 「まいったなあ…」 雪の降る寒い日。休憩時間に顎に手を添えて、うーん、と唸っているのは、金髪の青年ガイ。彼の手には、一つのボタンが握られている。そして彼が着ている服のボタンはやはり一つ欠けていた。 そう。戦闘中に過って岩場に引っ掛け、とれてしまったのである。 ガイが悩んでいたのは、誰に直してもらえば良いのだろう、と言うことだ。 「俺とルークはまず、裁縫できないから除外だな」 となると、候補は4人。 「旦那は裁縫とか案外できそうだが…妙な仕掛けまでつけられて実験台にされかねないからなぁ」 「アニスは間違いなく一番こういうの得意そうだけど、高額な依頼料とられるだろうし。」 「ティアに頼んだりしたらルークが嫉妬の嵐起こしちまうなあ…」 残るは…… 「ナタリア… 「私がどうかしまして?」 「うわっ!?」 反射的に、ガイは飛びのいた。後ろから声をかけてきたのは、言わずもがな。ナタリアだ。 「まぁ!いきなり声をかけたのは私が悪いですけれど、そんな反応をされては私も傷つきましてよ?」 「あ、あぁ。すまないナタリア。つい、ね」 「それにしても、何を考え込んでいたのですか?」 「そうそう。服のボタンがとれてね。誰か裁縫できる人を探していたんだ」 「そんな事でしたの!でしたら、私に任せて下さいませ!」 「え!?」 ガイは、驚いた。先程ティアに続いてナタリアの事を考えた時、ガイは正直“論外”というつもりだったのだ。彼女の作る料理を見れば、家事系が苦手そうなのは一目瞭然。まぁ、そんなナタリアを可愛いと思ってしまう自分も否めないのだが。 「まぁ!どうして驚くのです!私、料理は確かに不得意ですけれど、刺繍なら城でよくしましたわよ」 そうだった。彼女は、一国の姫。女性としての教養は備わっているのだ。ただ姫であったがために、料理は学ぶ機会がなかった。まぁ、あの料理はそれ以前の問題のような気もするが…。 「…そうだったな、じゃあ、頼むよ。」 爽やかに微笑んだガイは、服を脱ごうとした。 「お待ちになって!この寒い中脱いでしまっては、凍傷を起こしますわ。じっとしていて下さい」 「え」 ガイの返事を聞く前に、ナタリアはガイの服の裾を掴んだ。ガイは一瞬びく、としたが、肌には触れられていないため、大丈夫なようだった。 「座って下さいませ」 言われるままに腰をおろす。しかし合点がいかず、脱がなきゃ縫えないだろう、と言おうとした時。顔を上げると、至近距離…しかも真っ正面にナタリアの姿。 「うわぁっ…いて!」 針が、肌に浅く刺さった。 「急に動かないで下さいませ。手元が狂いますわ!」 手元が狂う。ナタリアが言うぶんにはまあいいが、もしこれを言ったのがアニスやジェイドだったら…物騒な事この上ない。 とりあえずナタリアに他意はないだろうという事で、ガイは素直にじっとした。服を着たままで縫うのは難しいのではという心配は、どうやら杞憂だったようだ。 自分の正面で、真剣な顔で針を動かすナタリアを見つめる。ガイは、何かに熱心になっているナタリアを見るのが好きだった。 それに加え、今のナタリアの位置は、自分のすぐ側。体が触れそうで触れない、ガイが最も好む距離だ。 その状況で愛しいナタリアを見つめれば、顔が緩むのは仕方のない事。自分の頬が紅潮している自覚も十分にあった。 ナタリアの柔らかな金髪が、ガイの胸元で揺れる。 見ているうちに触れたくなる衝動に駆られ、無意識にガイが手を伸ばした時。 「…痛っ…」 「ナタリア!?」 「…何でもありませんわ。針を指に刺してしまっただけです。」 「見せて」 真剣な声色で手を出すように言うと、ナタリアは素直に指を出した。 見れば、指先に血がぷくっと滴のように乗っている。ガイはナタリアの指を優しく掴んだ。心構えさえあれば、手くらいなら触れる認識はあった。尤も、ナタリア限定、だが。 「ガイ、貴方恐怖症は…」 「少しなら平気さ。ほら、指貸して」 「この程度の傷、放っておいても治りますのに。」 「雑菌が入ったら大変だろ?」 持ち合わせの布で処置しようと思ったのだが、ふいに先程の事を思い出した。 どきどきしていたのは恐らく自分だけだろう。それは少し面白くない… それなら。 珍しく悪戯心が芽生えたガイは、ナタリアの指先を口に含んだ。 「……!?な、何をしているのですっ///」 「…消毒」 答えるや否や、ガイは傷口を丁寧に舐める。 「…っ///」 ふいにガイが顔を上げると、耳まで真っ赤な、恥ずかしそうなナタリアと目があった。 ナタリアの表情に満足したガイは、唇からゆっくりと彼女の指を離した。 「…あ、貴方は…時々とんでもない事をなさいますわね///」 「君ほどじゃあないと思うよ?」 「納得いきませんわ…」 「細かい事は気にするなよ。ほら、血とまったみたいだ。」 「本当ですわ!ありがとう、ガイ。」 ナタリアはふんわり微笑んだ。 「どういたしまして」 彼はそれに続くように、“その笑顔がくせ者なんだ…”と、彼女の耳に届かないように呟いた。 fin. <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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