1/1ページ目 それは、明日ジェイドが聞かなければならない予定のアニスの言葉。 ここはケセドニア。エルドラントでの最後の戦いを終え、とりあえず身体を休めるために立ち寄ったのだ。仲間のひとりをあの場所に残すしかなかった現実に、皆いたたまれなく思い、とてもじゃないが戦いは終わった!なんて喜べる状況ではなかった。後味の悪い終わり方だった。 そして今、宿屋の机に向かって幼馴染である皇帝宛ての報告書をしたためている赤い瞳の彼には、もうひとつの終わりが近づいていた。 そう。 目の前で不格好な人形をいじっている、ツインテールの少女との別れ、だ。 「たーいさぁ」 「なんです?」 「…なんでもないです」 「おや。貴女らしくありませんね、何かを言いかけてやめるなんて。何かあるから呼んだのでしょう」 「…あの。なーんとなく思っただけなんです。こんな風に宿屋の大佐の部屋で暇つぶしするのも、今夜で最後なんだなぁーって。」 アニスは、今までもよくジェイドの部屋に来ていた。他の彼らの恋路を邪魔しないように…というのは建前で、本当はアニスがジェイドの傍にいたかったのだが。そしてジェイドもまた、アニスを追い払うということはしなかった。 いつしか彼はアニスがそこにいる事が当たり前になってしまって、追い払うなんて考えもつかなかったのだ。けれど、この旅も明日で終わり。 「…最後。ええ、そうなりますね。」 「もう、会うこともないのかなぁ、なんて…。」 どことなく俯きぎみで人形をいじりながら話すアニスを見て、ジェイドは気取られないようにアニスの正面にきた。目線の高さを合わせてやる。こんな至近距離にいるのに、アニスは気付かない。よほど深く考えごとをしているのだろう。 「…アニス」 いきなり近くで聞こえた声に、アニスは驚き、ぱっと顔を上げた。 「…っ!///」 アニスは、今までになく近くにいるジェイドに、思わず赤くなった。 「なっなんですかぁ?大佐」 「…寂しいのですか?」 その一瞬。ほんの一瞬アニスの瞳が揺らいだのを、ジェイドは見逃さなかった。 「や、やだなあっ大佐!寂しいなんて思いませんよぉ。私は、天下無敵のアニスちゃんですよ?」 「…そうですね。」 (予想通りの返答だ。なのに、先程のアニスのあの動揺はなんだろう?彼女が、私と同じ思いを抱いているとでも?いや、そんな思い上がり、できるものか。) 「寂しいのは大佐じゃないですかぁ?」 ふいにアニスが悪戯っぽく口を開いた。ジェイドは考え事をしていたにも関わらず、いつもと寸分違わぬ受け答えをしてみせる。 「とんでもない!これでもう老体に鞭打って未成年者のお守りをしなくてすみますからね。とても清々しい気分ですよ。」 そう言って、朗らかに微笑んだ。 それを見たアニスは、珍しくはかなげに、にこ、と微笑むとジェイドの目を見据えた。 「それじゃ大佐。良い子はそろそろ寝る時間なので、あたし部屋に戻りますね。」 ぺこ、と軽く頭を下げると、アニスはぱっと身を翻し、ジェイドに背を向けた。 「バイバイ大佐。また明日」 アニスは背を向けたままそう口にすると、そのままドアの方へ歩を進めた。 (バイバイ、だと…?) その瞬間、ジェイドの中で警報が鳴った。彼女を、このまま行かせてはならない! ジェイドは遠ざかるアニスの背を見つめながら、彼女の言葉が頭の中で木霊し、それを理解するより先に無意識に身体が動いていた。 「…ひゃっ!た、大佐…?」 ジェイドは、後ろからアニスを抱きしめていた。強くもなく弱くもなく、縋るかのように、きゅ、と。 初めて触れたアニスの身体は、思っていたよりもずっと柔らかくてたおらかで、力を込めたら折れてしまいそうだった。 「…行かないで下さい」 「…たい、さ?」 表情はわからないが、心なしかアニスの声が震えた気がした。 「…許せるものか。貴女が私の前から消えるなんて」 思わず、本音を口にした。許せるわけがなかった。 大きな茶色の瞳が自分を見上げる事も、元気にはねるツインテールを見る事もなくなるなんて…あの独特の甘ったるい声が、聞こえなくなるなんて。 そんな事、絶対に許せるわけがない! 「…アニス?」 何も言わないアニスを不審に思ったジェイドは、アニスに声をかけた。 アニスはその声に応えるように、前に廻された大きなの手を自分の小さな手できゅ、と包んだ。 「…遅い、ですよぉ…」 「…え」 「もぉ、大佐の馬鹿!ずっとそう言ってくれるの、待ってたんですからぁっ…」 ばっと振り向いたアニスは、ジェイドの胸に顔を寄せた。アニスの髪の柔らかな甘い香りが、ジェイドの鼻腔をくすぐる。その瞬間に彼が覚えた感情は――他でもない―――愛しさだった。 「アニス…私の側にいて下さい」 「当たり前じゃないですかぁ…アニスちゃんの居場所は、大佐の隣しか有り得ないんですから…!」 その言葉を聞いて、不安そうだったジェイドの表情は、ふっと綻んだ。そして不敵に微笑む。 「貴女はもう、私のものです。二度と手放しはしませんからね。覚悟して下さい、アニス」 「覚悟してなきゃ、こんな事言わないもん…」 ジェイドは満足そうに微笑むと、恥ずかしそうに目を逸らしたアニスの額に優しく唇を落とした。 冒頭の台詞を彼が耳にする事はありえないものとなったのだ。 Fin. <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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