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無償の微笑み(JA)
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「アニスが部屋から出て来ないの」

心配そうにそう口にしたのは、ティアだったか。
なんでも、部屋には鍵がかかっており外から名前を呼んでも返事がない、とのこと。しかし部屋を出た形跡はないため、そこにいることは間違いないらしい。ちなみに、寝坊という可能性も低い。今はもう太陽が真上に登ろうかという時で、いくらなんでも目が覚める頃なのだ。


そうして、今その扉の前には当然の事のようにジェイドが立っていた。といっても、ティアがジェイドに頼み込んだからなのだが。アニスに関してはジェイドに任せるのが一番だという間違った認識が、仲間の中には浸透している。アニスの事はアニスに任せるのが1番だというのに。アニスは思いのほか―――旅のメンバーの未成年者の中ではおそらく1番―――しっかりしていて、確立した自分の何かをもっている。だからこそ、ああ見えて他人が自分の事に手出しするのを潔しとしない。
…とわかっているなら関わらなければ良いのだけれど、それでも関わってしまうのは存外彼がお人よしだからだろうか。


「アニス、いるのですか?」

コンコン、とノックと共に声をかけるが、勿論返事はない。それは、ジェイドも想定済み。予想はしていましたが、と一人ごちると、ジェイドはドアノブに手をかけた。
開くはずはないとわかっているのだから、すぐにそれをひねるわけではない。触れた部分から、音素を分解、再構築する。これは、コンタミネーションをやってのけるジェイドだからこそ成せる技だ。

音もなく、扉が開いた。
ジェイドは一歩足を踏み入れると、背後の扉を閉める。部屋の中は、暗かった。

ジェイドは、もう一歩足を進めようとした。

…その瞬間。シュッ、と何かが側を過ぎった。それはジェイドの背後に回る。誰、という低く鋭い声と同時に首には冷たい鋭利なものが当てられた。
空間を、殺気が支配する。ジェイドの背中を、冷たい汗が伝った。ここまで純粋な殺気を向けられたのは初めてだった。相手を畏怖させる、隙のない殺気。

首に突き付けられた凶器をそのままに、ジェイドは振り向く。

その一瞬で、部屋の空気が変わった。どちらからともなく、ふぅ、と息を漏らす。振り向いた先にあったのは、見慣れたツインテールだったのだ。

「…アニス、 でしたか」

「…大佐、だったんですね」

「…驚きました…」

「…え?」

「いえ…。何でもありません」


そう。ジェイドは、心底驚いた。振り向いたその瞬間にかいま見たのは、恐ろしいぐらいに冷酷な目をしたアニスの顔。嬉々として全てを滅ぼしそうな、戦鬼の顔だったのだ。普通、こんな年端もいかぬ少女にできるはずもない顔で。

こんなアニスを見たのは、初めてだった。…いや、日々の戦闘で断片的なものは感じていたのかもしれないが。そう、ジェイドは思う。

「一体、どうしたのです。そんな危ないものを振り回して。普段のアニスなら、絶対しませんよ」

「…あはは、言われると思いました。」

アニスは乾いた笑いを見せると、続けた。

「暗殺者がくる夢、見ちゃったんです。ほら、この旅のメンバーって、私以外は皆各国の重要人物ばかりじゃないですか。それで、皆が殺される夢見ちゃって。しかも目が覚めたと思ったら金縛りで動けなくって…」

「正夢なんじゃ、と思ったそのタイミングで私が入ってきたわけですか。」

「そうなんですぅ。…大体、乙女の寝室の鍵壊して無理矢理入るってどういう事ですかぁ!怪しさ満点じゃないですか!疑いもしますよぅ…」

「…ま、確かに怪しい行動ではありましたがね。もとはと言えば部屋から出て来ない貴女が悪いのですよ?金縛りなんか振り切って、もっと早く出て来たらどうなんです」

「…だって、侵入者に殺気を覚えるまでは本当に動けなかったんです、もん…」

アニスの声は、語尾に近づくにつれてだんだん小さくなっていく。おそらく、その布団の中で動けなかった間、不安と恐怖でひどく切なかったに違いない。ジェイドは小さく息をつくと、一歩アニスに近づいた。
干渉されるのをアニスは嫌うが、彼女を安心させてやるのは自分の仕事だ、と彼は思う。

「…私の生命力を信じて頂けなかったとは、至極残念ですねぇ」

唐突なジェイドの言葉に、アニスは頭を上げて不思議そうな顔をした。きょとん、という表現が正しいか。それに合わせて、手袋を外したジェイドの大きな手がくしゃりとアニスの頭を撫でる。
アニスが無意識に上目遣いで彼を見遣れば、そこにあるはいつになく優しい顔をした彼の微笑み。

「…これでも皇帝の懐刀なんてやってますからね。そう簡単に殺されたりしませんよ。貴女の心配は、杞憂なんです。」

「………杞憂、」

「そうです。ほら、いつもみたいに笑って下さいよ。貴女がそんなしけた顔していたら、空から槍が降って来そうです。」


「…大佐」

「…なんですか?」

「…慰めてくれてるんですか?」

今度はジェイドがきょとんとする番だった。本人的には少しばかりの安心をと思ってやったのだけれど、一般的にはアニスの言うそれなのだろうか。

内心で慌てながらも、そうですよと答えれば、嬉しそうにアニスが顔を綻ばせる。彼も、つられて微笑んだ。

彼が他人のために何かをする喜びを覚えたのは、この頃の話―――――

fin.
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