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堪える(G→NAs)
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「ナタリア」

呼ばれて振り向いた彼女の表情に俺は赤くなり、そして同時に彼をひどく妬ましく思った―――――。







それは、日の沈む少し前。少し予定より早いが夕食をとるからとジェイドに言われ、ガイはナタリアを探しにでた。ちなみに、ティアとアニスはルークを探しに行き、ジェイドとイオンは留守番だ。



少し歩くと、ナタリアは案外早く見つかった。彼女がいたのは海を一望できる浜辺。彼女はそこに佇んで、空を見上げていた。海風で、美しい金髪ふわりと揺れる。ガイは、そういえば自分の髪も金髪だななんて思って、同じように揺れる己の髪を軽く抑えた。
ゆっくり近づいて、彼女の名前を呼ぶ。


「ナタリア」

一瞬びく、と肩を震わせた彼女は、何かを否定するように軽く首を横に振って、それからゆっくり振り向いた。

「!」

ガイは一瞬、刮目した。ナタリアはこんな風に笑う少女だったろうかと、思う。困ったように眉を下げて、涙を湛えた潤んだ瞳を切なげに細めて。それなのに微笑を浮かべて。
ナタリアを直視できなくなったガイがふいに空を見上げれば、そこには、真っ赤な、夕日。いわゆる茜色の空が広がっていた。



ああ、そうか。



“何を見ていたんだい”なんて、口にしようとしていた自分に苦笑する。そんなもの、決まっている。彼女は、夕焼けの空を見ていたのだ。普段よりも数倍赤が濃いそれは、茜色というには赤すぎた。もはや、深紅に近い色。
そんな空を見て彼女が何に想いを馳せていたかなんて、考えなくてもわかる事だ。




彼女の、本当の婚約者。
ぶっきらぼうで、常に眉間に皺を寄せている、アイツ。
自分と同じかもしくはそれ以上に、目の前の彼女を大事に想っているであろう、アイツ―――アッシュ、だ。



そこまで考えてから、ガイはふいにナタリアに視線を戻した。一瞬、眩しくて目をつむる。それは、比喩でもなんでもなく、本当に眩しいのだ。
ゆっくり瞼を上げれば、夕日に照らされて輝く美しい金髪が目に入った。恐らくは、その光が反射して眩しかったのだろう。夕日に照らされた彼女は一段と美しくて、こんな彼女を引き出すのが彼と、彼と同じ色の日である事が妬ましかった。


「…どうしたんだい?こんな所で」

「…何でもありませんわ。少し…考え事をしていただけです」

「本当に、何でもない?…じゃあ、どうして泣いてるの?」

「あ…………」

いつの間にか、ナタリアのグリーンの瞳からは涙が溢れていた。本人も、言われるまで気づかなかったらしい。ガイに指摘されたナタリアは、自分の頬に触れて目を丸くした。

「あら…一体どうしたのでしょう?私は、悲しくなんてありませんのに。」

「悲しくなくたって、涙はでるものさ。人は、心を揺さぶられた時に涙を流すんだ。」

「…ガイ、私……自分、が…情けなくて。あの方は、きっとたったひとりで今もおりますのに…。私は、何もして差し上げられない。それが…悔しいのです。」

「…そうか」

ナタリアの話を聞きながら、ガイはナタリアの顔を見入った。彼女の零す涙の、なんと美しい事か。めったに泣かない彼女の涙だからこそ、美しいのかもしれなかった。
そしてその涙がアッシュのためだけに流されているものだと思うと、やはりガイは妬ましく思った。



ガイは一度目を閉じて、拳にグッと力を込めて覚悟を決めると、ナタリアの肩をぐいと自分の方に引き寄せた。ナタリアの額が、とすんとガイの胸板にぶつかる。

「…ガ、ガイ!何をするのです!それに、恐怖症は……」

「俺は平気だから。そんなふうに堪えてないで、思い切り泣いたらいい」

「ですが…!」

せめて、それくらい――胸を貸すくらい――の事は、許して欲しかった。なにか、なにか彼女の傍らにいるための存在意義が欲しかった。
ナタリアが、腕の中で軽く暴れる。それはアッシュに操を立てるが故の抵抗か、はたまた彼の恐怖症を心配しての抵抗か。後者であって欲しいが、恐らくは前者なのだろう。

「いいから、泣いてしまいなよ…」


思い切り泣いてしまえよ。アイツの事なんか、忘れてしまうくらい。君を泣かせてばかりのアイツは、君に相応しくない。


そんな事、彼女の前では口が裂けても言えないのだけれど。

身体が、がたがた震え始めた。それが、自分への悔しさからくるものなのか、いつもの拒絶反応からくるものなのかは、ガイ本人にもわからなかった。

「…ガイ…ガイ、震えていますわ」


「…ああ」

「私よりも、貴方の方が泣きそうですわよ」


ナタリアの言葉に、ガイは頭を掻いて力無く笑った。

fin.
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