1/1ページ目 静かな執務室。テーブルを挟んで反対側のソファには、豊かな黒髪を背に流した少女。表情は見えない。顔をそむけているからだ。 「アニス、どうか許してください。」 返事はない。 今日は宮殿でダアトの使者を招いての会議があった。使者にはこのアニスが遣わされ、会議は何事もなく終わった。問題は、この後だ。まったく、すべてはピオニーのせいである。 ピオニーの誘いで、皇帝の私室にて紅茶を飲みながら3人で世間話をしていたのだが、そこでピオニーがうっかり口を滑らせた。先日の貴族主催のパーティで私が別の女性をエスコートしていたのがバレたのだ。 勿論これは仕事の一環でありピオニーの命であった。といってもパートナーがその女性である必要はなかったのだが。どうしてもパーティには出席する必要があった。相手は、適当に見繕っただけだった。渋っていた私を『アニスちゃんには黙っててやるから、頼む引き受けてくれ』と丸め込んだのはこの男だ。−−見事にばらしてくれたが。やばい、という顔をしていたのが見えたが、もう遅い。そんな顔をするくらいなら最初から気を付けてほしいものだ。 勿論、皇帝の目の前で激高するようなアニスではない。『もう将軍ってばアニスちゃんがいるのにひっどーい』と、その場ではけらけら笑っていたのだが。 宮殿を退出したあたりから、アニスの機嫌は急降下した。いや、皇帝の手前表に出さなかっただけで機嫌はすでに底辺であったのだろう。こちらを見ない、返事もしない。なんとか執務室まで連れてきて、アニス気に入りのクッキーとともに紅茶をだしてみたのだが、アニスの機嫌は直らない。 アニスも、こちらが仕事だったことは理解しているだろう。しかしそれとこれとは別らしい。 「アニス、夕食をごちそうしますよ。なんでも貴女の好きなものを食べに行きましょう。」 「…………。」 「せっかく久しぶりに会えたのに貴女に口をきいてもらえないとなると、さすがの私も堪えるのですが。」 「……………。」 …駄目か。 付き合いが長い分、一度拗ねると長いことは分かっている。だが普段なら夕食の話をしたあたりで『もう!しょうがないですね!』と妥協してくれるのがアニスだ。物をでつるような発言をするのは仲直りをしたい意思表示でありきっかけづくりだと、お互いに分かっている。しかしそれで態度を緩ませてくれないとなると、もうどう切り崩せばよいのか。 …もう、これしか思いつかない。 立ち上がって、アニスの隣に腰掛ける。 「アニス、ねえ、こっちを向いて」 甘さを含んだ声。アニスがちらとこちらに意識を向けたのを、逃したりはしない。 「…………っ!」 引き寄せて、口づける。深く口づけながら、頭に添えた手で柔らかな黒髪を撫ぜた。 静かに唇を離して、こつんと額に額をぶつける。 「すみませんでした、アニス」 顔を覗き込むと、アニスはばつの悪そうな顔をして視線を下を向けていた。アニスはふいにすっと目線をあげ、そらされた視線が、こちらへ向けられる。 「…むきになってごめんなさい。」 「いいえ、悪いのは貴女を蔑ろにした私ですからね。」 「ううん。お仕事じゃどうしようもないのわかってるの。これは私の我儘だって」 「貴女には私に我儘をいう資格がありますよ」 ふわふわと髪を撫でると、柔らかい身体がぽすんと胸に寄りかかってくる。 「パーティのパートナーって、どうしても特別な人って意味合いをもつじゃないですか。恋人とか婚約者とか、兄妹とか」 「まあ、一般的にはそれが多いですね」 「だから、なんかさびしくなっちゃて。なんで隣に立つのが私じゃないんだろうって」 しゅんとして顔を私の胸にうずめるのが可愛くて、よしよしと頭を撫でる。 「そうですね、私が浅はかでした。もう、次からはお断りしますよ。」 「ううん、お仕事だもんね。どうしようもないことだって」 「そうしたら、貴女が助けてくれるでしょ」 え?と顔をあげたアニスの瞼に、唇を落とす。 「次からどうしようもない時は貴女を呼びます。来てくれますね?」 「私、ダアトの詠師ですけど」 「構いませんよ。ガイだって以前、見知らぬ女性相手じゃ怖いからってナタリアを呼びつけてましたしね」 「ぶっ、なにそれ情けないなあ」 「ね、だからいいでしょう?」 「しょうがないなあ、このアニスちゃん、将軍のために有給申請してあげましょう!」 「ふふ、感謝しますよ、アーニス」 私の特別は貴女だけですよ。そう耳元に囁けば、得意げな顔をしてようやく彼女は笑った。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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