1/2ページ目 それは、休憩時間。 木陰で仲間たちが休みをとっている間、ジェイドは見張りをするべく少し離れた岩場に立っていた。 「ジェイド」 名前を呼ばれ、はっと振り向けばそこにいたのは柔らかな微笑みをたたえた少年――導師イオン。 気配なく近づいてきた彼に、ジェイドは驚いた。殺気のかけらも持ち合わせない導師の気配は、感じとりにくいのだ。 「どうかなさいましたか、イオン様」 「少し、貴方とお話したいなと思ったんです。」 「私と?」 ええ、と言って微笑む少年の表情は、どこまでも穏やかだった。その彼が一瞬表情を曇らせ、しかしジェイドの瞳をしっかり見据えて口を開く。 「アニスが、好きですか?」 「!」 予想外の導師の言葉に、ジェイドが珍しく目を見開いた。 「イオン様、何を…」 「ジェイド」 何をおっしゃるのですか、と言いかけたジェイドを、イオンが柔らかく制した。 「ジェイド…僕は。僕の大切な導師守護役に、幸せになって欲しいんです」 「イオン様?」 ジェイドには、彼が何を言いたいのか分からなかった。自分が例の少女――アニスを浅からず思っている事は確かなのだけれど、それが今のイオンの台詞と上手く結び付かない。 勿論、導師イオンが彼女を何より大切に想っていることは知っている。だからこそ、自分はアニスを遠くから見守るに留まろうと自制していたのだが。 「…僕が幸せにできたらよかった。でも、それが叶わない願いだということを、僕は知っています。」 「!?」 それは、彼が病弱な自分自身に迫るタイムリミットに気付いての台詞だろうか、それとも彼女の心が目の前の軍人に寄せられていることを知ってのことだろうか。どちらにせよ、彼にとって残酷な事実であることに変わりはない。 「イオン様、それは…っ」 眉間に皺を寄せたジェイドが口を開こうとすると、イオンはしぃ、と人差し指をたててジェイドに黙るよう促した。 「あそこにアニスがいるのが見えますよね。ジェイド、貴方の声はよく通る。大きな声をだしては、アニスに気付かれてしまいますよ。彼女、耳が良いですから。」 イオンは柔らかく微笑んではいるが、暗に口を挟まないで話を聞けと言っているような気がして、ジェイドは肩を竦めて黙った。 「ジェイド…僕がいなくなったら、彼女はどうなるんでしょう。勿論彼女の周りにはたくさん仲間がいますから、孤独になったりはしません。ですが、一体誰が彼女を幸せにしてくれるんでしょうね…?」 「…………」 「僕の言いたい事は、わかりますよね。」 「イオン様…」 少年の切ない表情を見ていられなくなって、ジェイドは軽く顔を背けた。少し前の彼には分からなかっただろう感情と思考が、余計に少年の表情を痛々しくみせた。 大事な少女を、少女のために他の男に托す。 恐らく自分なら嫉妬と自己嫌悪にどうにかなってしまうだろうその行為に、少年の、少女に対する深い愛情を思い知る。一体どれだけの思いをしてこの行動をとっただろうか。 ジェイドの中に、よもやそれを拒否するという選択肢は存在していなかった。 ジェイドは前を見据えると、今までの深刻な雰囲気を払拭するかのようにいつもの笑みで視界にイオンを捉えた。 「おやおや、先手を打たれてしまいました。…言われるまでもありませんよ。アニスを不幸にするつもりは毛頭ありませんので、ご安心下さい、イオン様」 年端もいかぬ少年にあそこまで言わせたのだ。最早、変な遠慮や同情は無礼だろう。くれるというのなら、ありがたく頂くべきだ。 何かを吹っ切ったようなジェイドの様子に、イオンは顔を綻ばせた。そして、にっこりと微笑む。 「頼みましたよ、ジェイド。まぁもっとも、僕がいる間は彼女は渡しませんけど」 「ほぅ…言いますねぇ。負けませんよ♪」 妙な火花を散らす彼らに、アニスが気付いて楽しそうに駆け寄るのは、数分後の話―――。 fin. <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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