Present
偶然の結果論(JA)
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とある宿屋の一室。
そこにいるのは、チェアに腰掛け優雅に本を読む軍人と、絨毯の上にて不格好な人形をいじる少女。

その少女は、先程からぼーっとしては目を擦っている。…そう。端的に言えば、眠いのだ。こればかりは、いかに素晴らしい戦士であるアニスであっても、どうにもならない。早く眠くなるのは子供の習性なのだ。

それと同時に、アニスは別の事も考えていた。彼女の視線の先には、ジェイド──もとい、ジェイドの口元。


脳裏によぎるのは、子供の頃父母から貰っていたお休みのキス。額に両親の愛を感じていた。
それを恋人にもらうというのは──しかもねだるというのは、はたして良い事なのだろうか?しかも相手が恋人であれば、その対象は額にはならないだろう…。しかし、このままひとりぼっちの部屋に戻るのもどこか寂しい。彼にお休みのキスを貰えさえしたら、良い夢が見れそうなのに…。

…そんな事を、アニスは回らなくなりつつある頭をフル稼働させて考えていた。勿論、その願いを邪魔するのは羞恥心。その羞恥心を邪魔するのは、睡魔。
理性と眠気のせめぎあいに、アニスは耐えていた。


「…大丈夫ですか、アニス」

アニスの葛藤を知ってか知らずか、ジェイドが声をかける。大丈夫かと聞くあたり、恐らくは後者なのだろう。今にも眠りそうなアニスの様子に、見兼ねて声をかけたに違いない。

「…バリバリ大丈夫、でぇす…」

アニスは返事をするも、言葉と行動が噛み合っていない。大きな瞳は細まり、瞬きを繰り返す。

「…とても大丈夫には見えませんが。」

そう。アニスの眠気は限界だった。そして、それに伴ってアニスの羞恥心が掻き消える。しかし、アニスには言葉を発するだけの意識が残っていなかった。
アニスはふらふらと立ち上がると、おぼつかない足取りでジェイドの前に立つ。そして、無意識にジェイドの瞳を見つめてから、ゆっくりとその瞳を閉じた。

「…アニス?」

…返事はない。ジェイドは少し考えてから、チェアから立ち上がってアニスに近寄った。


アニスはふいに瞳を開くと、ぼっと頬を紅潮させる。目の前にあったのは、今までになく至近距離なジェイドの端正な顔。
驚きと恥ずかしさで、アニスの眠気は一気に冷めた。こうなるように仕向けたのは自分であるはずなのに、胸の高鳴りが止まらない。アニスは再び、恐る恐る瞳を閉じた。




ひょい、と、アニスの睫毛のあたりを何かが掠める。…指、だろうか?
そして上から、彼の声が降ってきた。

「…もう目を開けていいですよ、アニース」


一体どうしたのだろうと思いアニスが目を開くと、そこには呆れたような――それでいて慈しむような表情のジェイドがいた。

「…あの、大佐?」

「…全く。睫毛についたごみを取って欲しいのなら、ちゃんとそう言って下さい。いくら眠いとはいえ、言葉を疎かにしてはいけません。相手が私でなかったら、気付かないところでしたよ。」

「…………ι」

とんちんかんな事を自慢げに言ってのける彼に、アニスは小さく息を漏らす。

(…だめだこりゃ)

「…どうかしましたか?」

「…いえ、なんでもないでーす

貴方だって気付けてないけど、という言葉は口にはださず、別の言葉を口にした。

「…えと、それじゃあ大佐…おやすみなさい」

あきらめたアニスは、潔く踵を返した。


…その時。

「…アニス、忘れ物ですよ」

「…へ?」

その瞬間、ぐいと腕を引っ張られたアニスの頬を、ふわっと何かが掠めた。

「…っ!」

ジェイドは潔く彼女の腕を離すと、不敵に微笑む。

「おやすみアニス…良い夢を。」


偶然とは言え、知らず知らずのうちにアニスの希望を満たしてしまうあたり、流石といったところか。
部屋をあとにしたアニスは、真っ赤な頬を押さえながら呟いた。

「…大佐って、鈍いんだか鋭いんだか…ビミョー…」

それでも頬に目当てのものをもらったアニスは、上機嫌でベッドの中へ入ったのだった。


fin.
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