1/2ページ目 とある宿屋の一室。 そこにいるのは、チェアに腰掛け優雅に本を読む軍人と、絨毯の上にて不格好な人形をいじる少女。 その少女は、先程からぼーっとしては目を擦っている。…そう。端的に言えば、眠いのだ。こればかりは、いかに素晴らしい戦士であるアニスであっても、どうにもならない。早く眠くなるのは子供の習性なのだ。 それと同時に、アニスは別の事も考えていた。彼女の視線の先には、ジェイド──もとい、ジェイドの口元。 脳裏によぎるのは、子供の頃父母から貰っていたお休みのキス。額に両親の愛を感じていた。 それを恋人にもらうというのは──しかもねだるというのは、はたして良い事なのだろうか?しかも相手が恋人であれば、その対象は額にはならないだろう…。しかし、このままひとりぼっちの部屋に戻るのもどこか寂しい。彼にお休みのキスを貰えさえしたら、良い夢が見れそうなのに…。 …そんな事を、アニスは回らなくなりつつある頭をフル稼働させて考えていた。勿論、その願いを邪魔するのは羞恥心。その羞恥心を邪魔するのは、睡魔。 理性と眠気のせめぎあいに、アニスは耐えていた。 「…大丈夫ですか、アニス」 アニスの葛藤を知ってか知らずか、ジェイドが声をかける。大丈夫かと聞くあたり、恐らくは後者なのだろう。今にも眠りそうなアニスの様子に、見兼ねて声をかけたに違いない。 「…バリバリ大丈夫、でぇす…」 アニスは返事をするも、言葉と行動が噛み合っていない。大きな瞳は細まり、瞬きを繰り返す。 「…とても大丈夫には見えませんが。」 そう。アニスの眠気は限界だった。そして、それに伴ってアニスの羞恥心が掻き消える。しかし、アニスには言葉を発するだけの意識が残っていなかった。 アニスはふらふらと立ち上がると、おぼつかない足取りでジェイドの前に立つ。そして、無意識にジェイドの瞳を見つめてから、ゆっくりとその瞳を閉じた。 「…アニス?」 …返事はない。ジェイドは少し考えてから、チェアから立ち上がってアニスに近寄った。 アニスはふいに瞳を開くと、ぼっと頬を紅潮させる。目の前にあったのは、今までになく至近距離なジェイドの端正な顔。 驚きと恥ずかしさで、アニスの眠気は一気に冷めた。こうなるように仕向けたのは自分であるはずなのに、胸の高鳴りが止まらない。アニスは再び、恐る恐る瞳を閉じた。 ひょい、と、アニスの睫毛のあたりを何かが掠める。…指、だろうか? そして上から、彼の声が降ってきた。 「…もう目を開けていいですよ、アニース」 一体どうしたのだろうと思いアニスが目を開くと、そこには呆れたような――それでいて慈しむような表情のジェイドがいた。 「…あの、大佐?」 「…全く。睫毛についたごみを取って欲しいのなら、ちゃんとそう言って下さい。いくら眠いとはいえ、言葉を疎かにしてはいけません。相手が私でなかったら、気付かないところでしたよ。」 「…………ι」 とんちんかんな事を自慢げに言ってのける彼に、アニスは小さく息を漏らす。 (…だめだこりゃ) 「…どうかしましたか?」 「…いえ、なんでもないでーす 貴方だって気付けてないけど、という言葉は口にはださず、別の言葉を口にした。 「…えと、それじゃあ大佐…おやすみなさい」 あきらめたアニスは、潔く踵を返した。 …その時。 「…アニス、忘れ物ですよ」 「…へ?」 その瞬間、ぐいと腕を引っ張られたアニスの頬を、ふわっと何かが掠めた。 「…っ!」 ジェイドは潔く彼女の腕を離すと、不敵に微笑む。 「おやすみアニス…良い夢を。」 偶然とは言え、知らず知らずのうちにアニスの希望を満たしてしまうあたり、流石といったところか。 部屋をあとにしたアニスは、真っ赤な頬を押さえながら呟いた。 「…大佐って、鈍いんだか鋭いんだか…ビミョー…」 それでも頬に目当てのものをもらったアニスは、上機嫌でベッドの中へ入ったのだった。 fin. <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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