Present
寒いの、飛んでけ。(JA)
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初冬。

ジェイドは、急いでいた。彼は、夕方に丘の上でアニスと待ち合わせ――所謂逢い引きの約束――をしていた。とても静かで、そこからは町並みが見下ろせる二人の秘密の場所だ。

…が

宿屋の自室で書類整理に没頭していたら、約束の時間を過ぎてしまったのだ。

「怒っている…でしょうねぇ…」

ジェイドは、可愛い恋人がぷぅと頬を膨らませて彼を見上げる姿を想像して、ふっと笑みをもらした。しかし、この寒空の下で待ちぼうけをくらわせてしまっている事を思いだし、足を急がせた。

丘の近くまで辿り着き、ふと遠くを見ればそこには彼女の姿。どうやら待ちくたびれて丘を下ってきたようだ。ぱたぱたと駆け寄ってくる。

「もぅ!大佐ってば遅いですよぅ!アニスちゃん、待ちくたびれちゃいました」

彼の想像どおりの仕種をしてみせるアニスに、ジェイドは顔を綻ばせた。

「…すみません。貴女に、一人で寒い思いをさせてしまいましたね」

そう言ってジェイドは、自らの腕の中に柔らかな身体を抱き込んだ。伝わってくるひんやりとした肌の温度は、より彼に責任を感じさせる。ジェイドは、冷たい身体を暖めるようにぎゅっと強く彼女を抱きしめた。


しばらくして、ふいにアニスがジェイドの身体を押しのけた。驚いたジェイドが視線を下げると、アニスにキッと睨まれる。

「またそうやってごまかす気ですか!?もう、大佐なんて知らないんだから!」

「アニス?」

アニスは、丘の上に向かって走っていってしまった。
いきなり機嫌の悪くなったアニスに、ジェイドは首を傾げた。一体、どうしたというのか。確かにジェイドが抱きしめた事で彼の遅刻話が流れかけたが、ごまかすつもりなど毛頭なかったのだ。それに、この程度の事で彼女が腹をたてるのも珍しい。…しかし、怒らせてしまった事に変わりはない。走っていってしまったアニスを、ジェイドは慌てて追いかけた。

「アニス、待ちなさい!」


ジェイドが早足で丘を登っていると、ふいに頂上付近のアニスの動きが止まる。そのまま、ジェイドが追いついて彼女の背後に立った。

「アニス、すみません。ごまかすつもりなんてなかったんですよ。怒らないで。どうかこちらを向いて下さい。」

ジェイドが、申し訳なさそうにこちらを向くようにと促す。
彼女はいつも、天下の死霊使いであるはずの彼の予想もつかない事をしてのけるのであって、特にこんな時はその表情を見ながらでないと対応しがたいのだ。

「…アニス」

急かすようにもう一度名を呼ぶ。その瞬間、アニスの肩がくすりと揺れた。ジェイドが不審に思っているうちに、ぱっと振り返ったアニスが、きゅうと大きな身体に抱き着く。彼女の唇からは、くすくすと笑い声が漏れていた。

「…もう、おかしいったらないなあ。まさか天下の死霊使いがこんな小娘相手にたじたじじゃあ、示しつきませんよぉ」

「アニス?」

ジェイドが不思議そうにアニスを見る。
怒っていたのではなかったのだろうか。急にいつものアニスに戻った事に、ジェイドは驚いていた。勿論、顔にはだしていないが。

「ね、体温まりました?」

「…は?」

「だからあ…走ったら、暖かくなったでしょ?」

アニスは、ジェイドを見上げながら楽しそうにいたずらな笑みを浮かべる。

「アニス?貴女まさか」

「えへ♪最初から怒ってませんよぉ〜!ただちょっと寒かったしぃ、調度いいかなって。びっくりしましたぁ?」


舌をペロッと出してけたけたと笑うアニスに、ジェイドははぁと息をついて頭をたれた。
しばらくして、大丈夫ですかぁ?、とアニスが彼の肩を軽く叩く。すかさず、その手を彼の手が捕らえた。その彼の顔は、不敵な笑みをたたえている。

「…大佐?」

「アニース。私をおちょくった罪は、重いですよ?」

「ちょ、そんな、私は大佐を思って…」

「お仕置きは何が良いでしょうねぇ、アニス?」

アニスの言葉を、ジェイドが遮った。その一瞬で、アニスは悟る。もう何を言っても無駄だと。
にやりと微笑んだジェイドを見てアニスは逃げ出したい衝動に駆られたが、彼がアニスの腕を離すわけはなかった。

「まずは、私の部屋に行きましょう。ね、アニス」

「…………。」

男は、楽しそうにアニスの唇を奪った。
アニスの受難の、始まり。
fin.
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