1/2ページ目 一体どうしたのだろう? それは、見慣れない物を目にした仲間達の感想だ。 「…珍しい、よな」 「そう、よね」 「謎だなー」 「一体どうしたのでしょう?」 宿屋のフロントにある4人掛けソファに腰掛けてこそこそと小声で話しているのは、ルーク、ティア、ガイ、ナタリア。そして彼らの目線の先には、少し離れた場所に座っているジェイドだ。 一体、なにが珍しいというのか。答えは、死霊使い殿の態度にある。 普段、冷静沈着で何事にも動じないはずのジェイドが、妙にそわそわして、落ち着かない。しかも、彼の顔にはいつもの薄笑いが見られない。無表情、だ。彼は、窓の外に目をやっては溜息をついている。 「…あ」 ふと、ガイが何か思い付いたように声をあげた。それに反応して目を輝かせてガイ近寄ったのは、ナタリア。 「ガイ、何かわかりましたの?」 「…アニスだよ」 「は、アニスかよ?」 「どういう意味?」 頭に疑問符を浮かべていた4人だったが、窓の外を見ると一様に納得したようだった。 機嫌の悪そうな死霊使いが散歩と称して席を立ったのは、それから5分後の事。 「きゃわ〜ん☆ありがとうございましたぁ!とっても楽しかったですぅ」 笑顔を振り撒いて男性を見送るのは、豊かな黒髪を揺らす少女。 「こちらこそ。またね、可愛いお嬢さん」 少女は男性が去ったのを確認すると、すぐ側のベンチに腰掛けた。 実は、彼女は数時間前にもここに座っていたりする。目的は、逆ナンパ。…と言っても、自分から声をかける訳ではない。声をかけさせるのだ。 そう。黒髪の少女とは、アニス。言うまでもないが、彼女の目的はガルド。奢ってもらうケーキや紅茶は美味しく頂くとして、貢いでもらった貴金属を後で換金しようと企んでいたりする。 「…あ!ターゲット発見〜♪」 アニスは嬉々とした声で呟くと、居住まいを正した。 目をつけた男性の方を、潤んだ大きな瞳でもって見上げる。そしてそのまま、可愛らしく首を傾げた。その動きで柔らかな黒髪が、ふわりと揺れる。実は、大人っぽく見えるようにといつものツインテールを解いて軽く巻いているのだ。実際、若干大人びて見える。少なくとも、彼女が13歳だと気づく者はいるまい。ましてアニスの顔立ちは美少女の部類に入るわけで、そんな少女に可愛い仕種と上目遣いとで見上げられたら、素通りする男などいるはずがない。 アニスの思惑通り、男性が近寄ってきた。 「ねぇ、一人?」 「…は、はい」 「じゃあさ、どっか遊びに行こうよ。ご馳走するからさぁ」 アニスが、しめた!と心の中でほくそ笑んだ、その時。男性があらぬ方向を向いて手招きをした。現れたのは、男性の仲間らしい男性。 (嘘!二人組なの!?ていうかよく見るとガラ悪そうだし…やばい、逃げよう!) アニスの中で危険信号が鳴り、立ち上がって逃げようとしたその瞬間、ぐいと腕を掴まれた。 「ちょ、離して下さいっ!」 「ねぇ、俺達のお相手してよ」 「ふざけないで!離してったら!」 「いいじゃん?楽しいとこ連れてったげるよぉ?」 男が、にたぁ、と笑った。アニスの背筋に悪寒が走る。さらにぐいと引き込まれて、逃げられないと思った、その時。 目の前の男達より圧倒的に強い力で、引かれているのと逆の方向に引っ張られた。アニスの体は後ろに傾き、そしてぽすんと大きな何かに支えてもらう形でおさまった。 「失礼。私の連れに手を出さないで頂けますか?」 「…た、大佐!」 「…んだよ、てめぇ」 「おい!やばいって!逃げようぜ!」 彼らの前に現れたのは、言わずもがな、ジェイド・カーティス大佐だ。一人の男がジェイドに刃向かおうとしたが、もうひとりが慌てて止める。それもそうだ。今の死霊使いの表情は、恐ろしい形相をしている。殺気が滲み出ている満面の笑みに、怒りのせいでいつも以上に真っ赤な瞳。手にはすでに槍が握られている。命が惜しいのなら、退くのが正解だろう。男達は、舌打ちを残して走り去っていった。 「…あの、大佐…」 「ナンパがしたいにしても、誘う人間は考えた方が良いですよ?」 アニスが、後ろめたそうにジェイドに振り向く。見上げて目に入ってくるのは、いつもの優しい笑みとは違う、どちらかというと冷たさを含んだ微笑み。口元は孤を描いてはいるが、目が笑っていない。向けられた表情に、アニスは急に泣きたくなって、所在なさげに視線をさまよわせる。とりあえずは、正直に白状するべきか。 「…あの、その…。この間ダアトに寄った時確認したら、パパ達の借金が増えてて…それで…」 「…………。」 「あの…怒ってますか?」 「…どうでしょうね?」 (どうしよう…絶対怒ってる…!) アニスは、覚悟を決めて素直に謝罪する事にした。俯いていた顔を上げて、おずおずと彼と目を合わせる。 「…ご、ごめんなさい………っひゃ!?」 突如ジェイドに腕を引かれたアニスは、側にあった柱に背を押し付けた体勢になる。わけのわからぬまま、深く口づけられた。しばらくして抱擁から解放されたアニスは、顔を真っ赤にして手で口を抑える。 「な、なっ……!」 見上げればそこには、いつも通りの不敵な笑みをたたえた死霊使い。 「先程の言葉から察するに、貴女は私を怒らせるような事をした自覚があるようですからね。悪い子にはお仕置きが必要かと思いまして」 「だからって…っ!こんな人前で…」 「おやおや。人前じゃないとお仕置きにならないでしょう」 「………っ///」 顔を紅潮させて不服そうに彼を見上げるアニスに、ジェイドはくすりと微笑んだ。 「ほらほら、お仕置きは始まったばかりですよ。おとなしく目を閉じなさい。私を妬かせた罰です」 ジェイドの言葉に、もしや妬いてくれたのかとアニスは嬉しくなったのだが、与えられる熱に、すぐにそんな余裕はなくなったのだった。 数十分後、宿に戻ったアニスが、ずっと窓から見ていたらしい仲間達にからかわれたのは、勿論のこと―――――。 fin. <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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