diary2

2020年11月24日(火)
【11/23】
2020.11.22
「魂のゆらぎ2020」中日
折尾「black hole」

この折尾の街のロックフェスは
いつから始まったのだろう。
30年を超えるblack holeの歴史に近い
はず。

「魂のゆらぎ」っていう言葉の
持つ不思議と魅力的な響き。
この言葉を含むブラックボーイ氏の
詩を書いてある書がblack holeの天井を埋め尽くす
歴代のライブのチラシの合間に覗いていたりする。

昨年は折尾から高塔山音楽堂の広々とした空間に移しての開催で
あの若松の山のさわやかな空気の中で
幾分ピクニック感も醸し出されていたけど…

今年はまたこの旧長崎街道沿い、小高い丘の切り通しのような場所にあり、その丘には古い墓地があり、麓には戦時中防空壕だったという黒い穴の入り口が
未だに塞がりきれずに顔を出していて

そのすぐそばにあるとても年季の入った小さな長屋の一階にある
細長く薄暗い、小劇場のような空間。

ここで開催される「魂のゆらぎ」はやはり独特の雰囲気。

11/21〜11/23の三日間。

冷たい雨がずっと降っていた中日の
22日。

僕のような博多組。
高橋プランクトンくんが
声をかけ、連れてきてくれた
広島で活動するミュージシャンの皆さん、と地元折尾の人たちと、北九州のあちこちのミュージシャンたち
そんなごった煮状態のメンツも
主宰二宮勝助さん(a.k.a.ブラックボーイ)を始め、「魂のゆらぎ実行委」、その他black holeのレギュラーメンバーたちの厳しくも暖かいガヤガヤしたヤジヤジした声援に迎えられて


なんというかとても心が救われる、
日頃の対社会的鎧を脱いでも大丈夫なような、自由な存在でいられるような、こんな拙い表現じゃ伝えきれてない、居心地のいい雰囲気。

でも演者たちは互いに、しのぎを削る訳で緊張感も漂って
思い切って出し尽くさなければ
他の人に喰われてしまう
危機感もありながらの
厳しい舞台でもあり。

「コロナ禍」と呼ばれる
嘘みたいに終末的な、SF的な、現象が現実化した2020年に
みんなマスクを装着して
発熱がないか検温し
手指を消毒し
店内も寒風をついて
30分おきに換気をし消毒をしながら
実行委のみなさんの
献身的はたらきで
開催されていました。

広島から来たシンガーソングライターでとてもたおやかな
かつ力強いうたを届けていた
はるさんの次に

僕でした。50にもなるのに、いまだに小学生か中学生のようなうたを
きょろきょろと落ち着かない態度で
うたうことしかできないけれど

(セットリスト)
1 暮れる
2 こうずい
3 平成
4 アサノバ(新)
5 冬休み
6 こんばんはさようならごきげんよう
7 ホテルモンテカルロ


博多に住んでいる日常と
折尾の日常
結べるもの、それを例えるなら
なんだろうなあ、などと
考えながら
駅から30分弱の道のりを
国道沿いを歩いて雨にくすんだ
古い橋を渡って

ああ川か
ここもたくさん川がある、橋を渡る
そう考えると
やっぱり
橋がある
川が流れてる博多春吉の裏町の歌
「ホテルモンテカルロ」
をやるべきかなと
思いましたが

最後にやってしまったのは
どうだったのかな…
実際
感想の中には
無難な終わり方を選んだろ?
もっと攻めの選曲しろ!という
声もありました。

たしかに
それもまたばっちり的を得ているので
僕の胸にグサリと刺さりました。
感想をくれた人、ありがとう。

それは反省点で悔やまれる点でもある。実際
前日までは胸の中では
「怖いのは」
「無数の」
「炭鉱のマリス」という
僕の中で観念が屁理屈が暴走するような、それでも僕の青臭く偏った矛盾しまくりの正義感みたいなものの塊の曲を畳み掛けて
やるつもりでしたから…

それをやる踏ん切りがつかずに
前述したセットリストに
落ち着いたのは
若干の消極性と
準備不足だと
反省するべき点だなと思います。

だけどやっぱり
それでもこの3年
続けてこの「魂のゆらぎ」のステージに立つことができたのは
とてもうれしくて
誇らしく
ありがたいことでした。

なんせ中日の出演者も
僕がまだ追いつけない
高みを感じる人達ばかりだったし

まだもっと良くなれるような
精進をやらなきゃと
思うライブであったのも
まちがいないです。

色々差し迫った事情があるし
今の形での「魂のゆらぎ」が
いつまであるのかも予断を許さない
けれど
また来いよと
言ってもらえるように
これから、どうにかしなきゃなあ
俺は…


11/24^08:52
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